ソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing®)中級後半終了

先月下旬、お休みをいただいて札幌に行って参りました。当然ながらレジャーというわけではなく、ソマティック・エクスペリエンス(Somatic Experiencing®=以下SEと略します)というトラウマセラピーのトレーニングに参加するためでした。

はい、ぶっちゃけ「寒いところにわざわざ遊びに行く」というチョイスは私にはありません(笑)。地元民をして「一番寒い」という2月です。通勤前に子供を保育園に預けるお母さん方が、ソリに子供を乗せて(*)引いて歩いてるんですよ。

*ソリで遊んでいるわけではなく、あくまでも移動手段だそうです。やはり滑って転倒する可能性があるので抱っこやおんぶは出来ない、と。確かに。

寒さについては覚悟していたこともあり、しっかり着込んでいたし、室内は自宅よりよほど暖かいので意外に気にならなかったのですが、道が、特に朝の道が、雪が凍っていて滑る滑る。一応滑り止め対策はしていたものの、これには閉口しました(泣)。なのに地元の人は走っていたり、なんなら自転車に乗ってるおじさんまでいましたよ(驚)。

そんな中を1週間、毎日一歩一歩踏みしめながら片道20分以上歩いていたのと、もう外食に出かけるのが面倒だったのが功を奏して、いい具合に減量できました!(そこ?)いえいえ、雪への対応を学びに行ったわけではなく、寒さに耐える修行に行ったのでもなく、トラウマセラピーを学びに行ってきたのです。

しかし、この「滑る」ときの「ヒヤッ」とする感じは、まさにトラウマセラピーにもってこいの良いサンプルです。この「ヒヤッとする感じ」を入り口に、色々解消できるのがSEの面白いところでもあります。

前回と今回の中級トレーニングでは、まさに「トラウマ、PTSD」と聞いて思い浮かべるような、重いと言えば重いテーマを扱いました。ただ、当然のことなので忘れられがち(**)ですが、「現在、生きていること、生き延びていること」、それ自体がもう、「(過去にどれだけ酷いことがあったとしても)そこから回復できる」をすでに内包しているんですよね。

**「当然のことなので忘れられがち」なのは、ロルフィングでおなじみの「重力の作用」の偉大さと一緒ですな。

色々と技術的に難しい、というか、いくらでも洗練させることができるためゴールはない、という面もありますが、改めて身体の賢さ、知性に畏敬の念を抱くことを止められませんでした。人は繊細で厄介で、そして逞しいぞ!と。

今回、個人的にヒットだったのは「衝動をトラッキングする」という視点です。起こってきたインパルス(電気っぽいですね)を経過させるとどうなるか?「起こってきた衝動に即、従う」のではなく、その衝動を体感として観察しているとどのように移り変わるのか(または移り変わらないのか)。

自律神経のトラウマ反応を、その未完了のエネルギー(衝動)を、経過させ、完了させること。トラウマ反応に自動的に突き動かされずに、そのエネルギーを少しずつ放電(ディスチャージ)させること。ようやく「トラウマセラピーですること」が腑に落ちてきました(あくまでも現時点で、ですが)。

そして「少しずつ放電(ディスチャージ)」のところが、いろんな意味で肝になるということも。はい、このさじ加減が、難しいところであり醍醐味でもあるようです。セラピスト自身の在り方が、問われるというか突きつけられます。厳しいところです。

今回、私自身が受け手になったときの経験で印象的だったのは、忌野清志郎が今もなお、私の偉大なリソースだったことがわかったことです。全く関係のないトラウマ反応の活性化を、不意にディスチャージしてくれてしまったのですが、「そこで思い浮かんで口に出した私すごい!」とも思えた場面でもありました(笑)。

そして、「思い浮かんで口に出した時の自分の身体反応」が、まさに、私にとっての忌野清志郎の表現の魅力そのものだったことが、驚きでもあり、とても嬉しいことでした。

そしてますます、トラウマは出来事ではなく身体反応であり、そこから回復するためには、きっかけとなった出来事に対峙する必要はなく(対峙してもいいのですが)、それよりも、這ってでも(笑)、良い思い出とか嬉しい経験とかを積み重ねたり思い出したりすることが頼りになる。そのことをまさに実感しましたよ(^^)。

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