体罰があたりまえだった世代の方々に

学校や家で体罰があたりまえだった世代の方々は、ソマティック・エクスペリエンシング®︎(SE™️) のセッションを受けてみると、思いがけず心身両面で様々なパフォーマンスの改善がみられるかもしれません。

私自身、学校や家で「言うことを聞かない」「生意気だ」などと躾や指導という名の下で、殴られたり叩かれたりなどが普通になされていた世代です。現在では考えにくいかもしれませんが、そんなときがあったんですよね〜。

そしてそれは、本っ当に良くないことだと今の仕事を通してハッキリと言えるし、心底実感してもいます。「親や教師による暴力」という問題については一旦さて置き(ここで述べたいこととは別の長い話になるので)、「殴られる / 叩かれるという身体的経験」は、とくにちびっ子の頃のものは自分自身でも意外なほど脅威だった可能性があります。

そういった体罰は「言うことをきかせることが出来ない能力不足な人」や「合理的な理由がないルールを意味なく守らせようとする意味不明な人」が癇癪を起こしてすることだと思っていたので、私はそうする人たちを見下していましたが(まあ、小学生以下のちびっ子ですと身体的にも経済的にも大人に敵いませんから、抵抗するにしても出来ることがそれくらいだったのですが)、いくら見下したり「バッカじゃねーの!?」と憤慨したところで、殴られれば痛いわけで (^^;。

その「痛かった」という感覚が生じたことを無視して、無かったことにして、やり過ごしていた場合、身体的には未だにずーっと戦闘態勢下(=サバイバルモード)が続いていることもあります。30歳になっても50歳でも、それ以上でも。実際がどうであれ、身体的には常に生存が脅かされ続けている状況が。

サバイバルモードにいるということは、自律神経系の交感神経が常に不必要に活性気味で、イライラしやすい、せっかち、何事もスピーディー、のんびりできない、消化器官がお疲れ気味(下痢や便秘を繰り返すなど)、よく眠れない、いつも疲れている、不安、警戒、などといった行動パターンが見られます。

もし、ちびっ子の頃に受けた体罰によってそのような行動パターンが生じていたとしたら、長年のことだから「自分はそういう質、性格」だと思っているかもしれませんが、、、

違うかも!!です。

殴られて痛かったのに強がらざるを得ず、「痛かった」が言えず、痛みを表現できずにいたことで、自律神経系的にはその大昔の「殴られたとき」がまだ終わってないのかもしれません(だからサバイバルモードが続いているのですが)。それ、終わらせてみませんか。

それを終わらせてると、交感神経エネルギーの無駄遣いが減り、副交感神経が働きやすくなり、選択の余地なく反応してしまうリアクションから、対応を自分で選択できるようになっていきます。

また、顔面を含む頭部に衝撃を受けていて、平衡感覚ほか定位(位置情報を把握すること)に関わるセンサーへの影響がみられる場合、それを改善することも可能です。

私自身の経験で言えば、乗り物酔いがほぼなくなって驚きました。「こんなことならもっと早く受けたかったわーー!」とも思いました (^^)。

サバイバルモードを終えて、Quality Of Life の向上を志向してもいいと思うのです。

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